書きなぐり

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アラハバキさん

謎に包まれたアラハバキ、蛇神説製鉄民説塞の神説といろいろあるが個人的にどれも間違っていないのではないかと思う。

というのもアラハバキを信仰していた大和王権から蝦夷が逃れたとされる東北に繋がりがあるような伝承が残っているからだ。

東北に逃れたというのは偽書と言われている東日流外三郡誌からだが、とりあえずそれを置いて読んでほしい。

 

まず蛇神説だが、遠野物語拾遺142話、ひいては143話、144話に名刀が蛇となって戻ってきたという記述がある。

刀が蛇になるというのはヤマタノオロチをはしりとする全国にある話だ、特に語るまでもないだろう。


民俗学者吉野裕子は「ハバキ」の「ハハ」は蛇の古語であり、「ハハキ」とは「蛇木(ははき)」あるいは「竜木(ははき)」であると語る。

直立する樹木は蛇に見立てられ、古来祭りの中枢にあったらしい。(Wikipediaより)(これはヤマトに対する先住民の信仰であったとされるミジャグジ様に通じる)

 

次に塞の神説。

宮城県にある多賀城跡の東北に荒脛巾神社がある。

多賀城とは、奈良・平安期の朝廷が東北地方に住んでいた蝦夷を制圧するために築いた拠点である。

谷川健一によれば、これは朝廷が外敵から多賀城を守るために荒脛巾神を祀ったとしている。

朝廷にとっての外敵とは当然蝦夷である。つまりこれは荒脛巾神に「塞の神」としての性格があったためと谷川は述べている。

さらに谷川は、朝廷の伝統的な蝦夷統治の政策は「蝦夷をもって蝦夷を制す」であり、

もともと蝦夷の神だったのを、多賀城を守るための塞の神として祀って逆に蝦夷を撃退しようとしたのだという。

また、衛視の佩く脛巾からアラハバキの名をつけたともいっている。(wikipediaより)


塞の神とは岐(くなど)の神から転じた語で、道祖神の原型とされる。

道の分岐点、峠、あるいは村境などで、外からの外敵や悪霊の侵入をふせぐ神とされ、障の神ともいわれている。(外敵、悪霊が障害に転じた?)

塞の神はいわゆる守り神だが、おそらく後述の鍛冶製鉄から武器を連想し塞の神へと昇華したと思われる。

 

最後に製鉄民説だ。

これは最初に述べた刀に通じる。


客人神がアラハバキから変容したものであると主張する近江雅和は、門客人神の像は片目に造形されていることが多いこと、

片目は天目一箇神を始めとする製鉄に関わるものたちの特徴を根拠として、

「アラ」は鉄の古語である、山砂鉄による製鉄や、その他の鉱物を採取していた修験道の山伏らが荒脛巾神の信仰を取り入れたのだという。

真弓常忠は先述の「塞の神」について、本来は「サヒ(鉄)の神」の意味だったと述べていて、

もしその説が正しければ「塞の神」と製鉄の神がここで結びつくことになる。(Wikipediaより)

岩手には舞草という刀工一派がおり、日本刀の原型となった反りのある刀を初めて創始したとされている。

この舞草、刀に砂鉄を使っていたと言われているが、当時にしては相当な高品質であったという。

蝦夷征伐時に、刀鍛冶を俘囚として西国へと連れ帰って行ったという歴史もあるようだ。

こういった点から、東北では鍛冶製鉄が盛んであり、アラハバキが製鉄の神と結び付けられるのも頷ける。

 

上記全てを統括するとアラハバキ複数の顔を持っていた神だと考えられる。

そしてその全てに繋がりがありどれも正しいアラハバキなのだろう。

 

個人的にアラハバキ複数の土着神が一つの神とされたのではと思う。

蝦夷は東北全てをひっくるめた人たちの呼び名なのでそれぞれ信仰する神が同一であったと考えるのは少し難しい。

大和王権による、「明確な敵」そしてその敵の信仰する神として作られたという考えもできる。(まるっきり妄想で荒唐無稽な考えだが) 

ほとんどWikioediaのコピペじゃねーか!と思われるだろうが便利だからしょうがない。