書きなぐり

思ったことを書きなぐるだけ

ドキドキ☆弾丸みちのくツーリング

f:id:hagerou:20180425202638j:plain

4/21に岩手県遠野市へと突発的にツーリングへ行った。

20日の金曜がやたら天気良くて何気なく予報を見たら土日は快晴。

これはもう行くっきゃknightって感じで金曜夜にせっせと準備。

3時半ぐらいに起きて出発する予定がなぜか1時ぐらいに起きた。

遠足前の小学生か俺は。

少しでも睡眠時間を稼ぐために寝ようと頑張るもどうにも眠れないため結局深夜2時に家を出た。

適当に走って国道7号へ出たらひたすら北上すること4時間、やっと新潟から脱出する。

その後もひたすら北上するがここで一つの勘違いが発覚した。

 

岩手は山形の隣だとばかり思っていた(痴呆)

普通に考えたら秋田の隣ですよねそうですよね。

秋田に入ったあたりでこのことに気が付き、心が死んでしまったので正直どのルートを通ったか覚えていない。

まあなんやかんやあって岩手に入った。

心は死んでいたがかろうじて東和ICから釜石自動車道に乗ったことは覚えている。

しかしながらここでも過酷な道のりが待っていた。

風がクソ強ェ!

もうビュンビュン吹いててZちゃんは勝手に車線変更してくれるし後からジモティーがすげえせっついてくるし日が差してきて汗かいてくるしトイレ行きたいしSAPAないしマヂ苦しい熱中症で死にそうだった。

 

命からがらに午後1時あたりでやっと道の駅 遠野風の丘へ到着。アハハ

f:id:hagerou:20180425204033j:plain

驚くべきことに出発からここまでの写真が一切ない。

よっぽど死にそうだったんですね(笑)

ンでここで休憩しつつ観光地を物色。

遠野市立博物館やとおの物語の館などが駅周辺にあったので、そちらに行こうかと思ったけれどもちょっと離れた場所に遠野ふるさと村、その反対側にデンデラ野があったのでそっちに行くことへ。

 

15分ぐらい走って到着。

f:id:hagerou:20180425204736j:plain

ここは正直ヤバかった。

かつて失ったものをもう一度取り戻したかのような感覚。

ガチのマジでなぜだかわからないけれど涙が出た。

f:id:hagerou:20180425204923j:plain

なんでこんな写真撮ったんだろうか。わからん。

f:id:hagerou:20180425204930j:plain

f:id:hagerou:20180425204952j:plain

曲がり家、真田丸の撮影にも使われたらしい。

f:id:hagerou:20180425204937j:plain

f:id:hagerou:20180425204942j:plain

これだよ、こういうのを待ってたんだよ。

この藁人形の男根のメタファーと思われる部分には無数の小銭がねじ込まれていて痛そうだった(小学生並の感想)

真珠かな?

f:id:hagerou:20180425204949j:plain

曲がり家の陰から除く桜がとても綺麗だった。

強風で散ったのかまだ満開じゃないのかわからなかったけれど満開だと引き込まれて帰ってこれなくなるんだなというのが”言葉”ではなく”心”で理解できた。

実はここから少し左にずれると配電盤やトラックが見えて一気に現実へ引き戻されるのだが多分帰ってこれなくなる人への配慮でしょうかね(適当)

 

一通り見て回り夜のデンデラ野にはまだ早いが向かうことにした。

のだが帰り道で面白そう場所を発見。福泉寺である。

時間はまああるし寄ることにしたのだがこれがいけなかった。

ここには大観音像というものが置かれているのだが堂に行くまで坂をめっちゃ上らないといけない。

寝不足の上ほぼ逝きかけた状態で登山は辛い。舗装されているとはいえ辛い。

大観音像は確かに見事なものだったけれど正直余韻に浸っている余裕などなかった。

上るのが大変なら下りるのも大変。もう死ぬ。

やっとの思いで駐車場へ戻るももうどこにも行く気が起きない。

正直デンデラ野を見て飯食って適当に風呂入って仮眠したら出発という予定だったのだけれどそれをする気力すらなかった。

写真も撮っていない。そんな元気があったらデンデラ野風呂コース行ってるわ。

 

ということで帰ることに。 

死ぬほど強い風の中高速道路へ乗るもそこからがまた地獄

22時あたりからだいぶ冷え込んできて死ぬかと思った。

SAPAがあればそこへ寄りホット飲料で回復。

自販機だけで20本ぐらい買ったと思う、マジで。

どこかは忘れたけどフードコートの窓側カウンターだけ解放されてるSAがあったのでそこで休憩。マジ感謝。

あまりに過酷すぎてそこで一晩明かすことも考えたけれど、結局帰らなきゃいけないわけだし休憩したから行けんべというホーキングもびっくりの超理論により強行。

15時間かけてやっと帰宅。下道より高速のほうが時間かかるって…

 

約1000kmの弾丸強行軍だったけれどリベンジ欲がもう出てきている。

まあ今年はもう行かないだろうけどまた行こうと思う。

大型買ったらね。

ひと月ほどヤニ断ちをして思ったこと

禁煙をしてはやひと月ほど経ったが巷で言われるような恩恵を受けられないのでここに書きなぐる。

 

とりあえず「禁煙 メリット」みたいにググって出てきたものを羅列する。

・目覚めがさわやかになった

・肌の調子が良くなった

・衣類や部屋がたばこ臭くなくなった

・お金がかからなくなる

・煙で周りに迷惑が掛からない

・ご飯がおいしくなる

・時間に空きができた

・よく眠れるようになった

・集中力が増す

・体の調子が良くなった

こんなものだろう。

 

次は禁煙をして感じたことを上記のリストに沿って書いていく。

・目覚めがさわやかになった

 →もともと目覚めが悪いし起きて30分は布団の中で蠢いていた。

  禁煙をしている今も変わらず蠢いている。

 

・肌の調子が良くなった

 →よくわからない。

  肌がきれいになったとも言われないので大して変化がないんだろう。

 

・衣類や部屋がたばこ臭くなくなった

 →そもそも部屋でたばこを吸わなかったし、

  吸ってるときはほとんど同じジャケットを着ていたので別に臭くなくなったとは思わない。

 

・お金がかからなくなる

 →月平均で2500円ほどしかかかってなかったのであまり実感がない。

 

・煙で周りに迷惑が掛からない

 →吸うときは喫煙者のいる場所でしか吸わなかったしいない場所だったとしても一人だから迷惑は特にかけてなかったと思う。

  もしかしたら犬並みの嗅覚を持ってる人は迷惑をしていたのかもしれない。

・ご飯がおいしくなる

 →禁煙してから特に美味しいものを食べていない。悲しい。

 

・時間に空きができた

 →喫煙時=スマホに触れている時間だったので禁煙してもスマホをいじる時間は変わらなかった。

 

・よく眠れるようになった

 →ストレスためて禁煙するより養命酒飲んだほうが寝つきが良くなる。養命酒はいいぞ。

 

・集中力が増す

 →逆に寝不足みたいな感じでボーっとしてかえって散漫になった。

・体の調子が良くなった

 →別に吸ってるときもうんこはモリモリ出てたしいつもより体が動くかというとそんなことはなかった。

 

以上により自分にとって禁煙は大してメリットもないということが判明した。

じゃあなんで禁煙したのって話だけど、

それは単に財布に金がなくて金を下ろすのが嫌で給料日まで我慢→ここまで来たから翌月まで我慢してみるか→次の給料日まで行けんじゃね→今ここみたいな感じ。

 

総括をすると手巻きたばこはいいぞってこった。

 

アラハバキさん

謎に包まれたアラハバキ、蛇神説製鉄民説塞の神説といろいろあるが個人的にどれも間違っていないのではないかと思う。

というのもアラハバキを信仰していた大和王権から蝦夷が逃れたとされる東北に繋がりがあるような伝承が残っているからだ。

東北に逃れたというのは偽書と言われている東日流外三郡誌からだが、とりあえずそれを置いて読んでほしい。

 

まず蛇神説だが、遠野物語拾遺142話、ひいては143話、144話に名刀が蛇となって戻ってきたという記述がある。

刀が蛇になるというのはヤマタノオロチをはしりとする全国にある話だ、特に語るまでもないだろう。


民俗学者吉野裕子は「ハバキ」の「ハハ」は蛇の古語であり、「ハハキ」とは「蛇木(ははき)」あるいは「竜木(ははき)」であると語る。

直立する樹木は蛇に見立てられ、古来祭りの中枢にあったらしい。(Wikipediaより)(これはヤマトに対する先住民の信仰であったとされるミジャグジ様に通じる)

 

次に塞の神説。

宮城県にある多賀城跡の東北に荒脛巾神社がある。

多賀城とは、奈良・平安期の朝廷が東北地方に住んでいた蝦夷を制圧するために築いた拠点である。

谷川健一によれば、これは朝廷が外敵から多賀城を守るために荒脛巾神を祀ったとしている。

朝廷にとっての外敵とは当然蝦夷である。つまりこれは荒脛巾神に「塞の神」としての性格があったためと谷川は述べている。

さらに谷川は、朝廷の伝統的な蝦夷統治の政策は「蝦夷をもって蝦夷を制す」であり、

もともと蝦夷の神だったのを、多賀城を守るための塞の神として祀って逆に蝦夷を撃退しようとしたのだという。

また、衛視の佩く脛巾からアラハバキの名をつけたともいっている。(wikipediaより)


塞の神とは岐(くなど)の神から転じた語で、道祖神の原型とされる。

道の分岐点、峠、あるいは村境などで、外からの外敵や悪霊の侵入をふせぐ神とされ、障の神ともいわれている。(外敵、悪霊が障害に転じた?)

塞の神はいわゆる守り神だが、おそらく後述の鍛冶製鉄から武器を連想し塞の神へと昇華したと思われる。

 

最後に製鉄民説だ。

これは最初に述べた刀に通じる。


客人神がアラハバキから変容したものであると主張する近江雅和は、門客人神の像は片目に造形されていることが多いこと、

片目は天目一箇神を始めとする製鉄に関わるものたちの特徴を根拠として、

「アラ」は鉄の古語である、山砂鉄による製鉄や、その他の鉱物を採取していた修験道の山伏らが荒脛巾神の信仰を取り入れたのだという。

真弓常忠は先述の「塞の神」について、本来は「サヒ(鉄)の神」の意味だったと述べていて、

もしその説が正しければ「塞の神」と製鉄の神がここで結びつくことになる。(Wikipediaより)

岩手には舞草という刀工一派がおり、日本刀の原型となった反りのある刀を初めて創始したとされている。

この舞草、刀に砂鉄を使っていたと言われているが、当時にしては相当な高品質であったという。

蝦夷征伐時に、刀鍛冶を俘囚として西国へと連れ帰って行ったという歴史もあるようだ。

こういった点から、東北では鍛冶製鉄が盛んであり、アラハバキが製鉄の神と結び付けられるのも頷ける。

 

上記全てを統括するとアラハバキ複数の顔を持っていた神だと考えられる。

そしてその全てに繋がりがありどれも正しいアラハバキなのだろう。

 

個人的にアラハバキ複数の土着神が一つの神とされたのではと思う。

蝦夷は東北全てをひっくるめた人たちの呼び名なのでそれぞれ信仰する神が同一であったと考えるのは少し難しい。

大和王権による、「明確な敵」そしてその敵の信仰する神として作られたという考えもできる。(まるっきり妄想で荒唐無稽な考えだが) 

ほとんどWikioediaのコピペじゃねーか!と思われるだろうが便利だからしょうがない。